東京地方裁判所 昭和35年(行)57号 判決 1963年5月23日
原告 芦川市松
被告 国
訴訟代理人 板井俊雄 外五名
主文
原告の被告らに対する第一次的請求は、いずれもこれを棄却する。
原告の被告らに対する第二次的請求は、いずれもその訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
(当事者双方の申立)
第一、原告訴訟代理人は、次のような判決を求めた。
一、第一次的請求の趣旨
(一) 被告国は原告に対し、別紙目録記載の土地につき浦和地方法務局川越支局昭和二四年六月二四日受付第二、七二八号をもつてなされた自作農創設特別措置法第三条に基づく買収処分を原因とする所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。
(二) 被告増田喜代蔵は原告に対し、別紙目録記載の土地につき、浦和地方法務局川越支局昭和二五年六月二九日受付第三、二六一号をもつてなされた自作農創設特別措置法第一六条に基づく売渡処分を原因とする所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。
(三) 訴訟費用は被告らの負担とする。
二、第二次的請求の趣旨
(一) 被告国は農地法第一五条に基づき、被告増田より別紙目録記載の土地を買収せよ。
(二) 右土地が、前項により被告国に買収された場合には、
イ 被告国は、原告に対してこれを売り払い且つ右土地につき所有権移転登記手続をせよ。
ロ 被告増田は、右土地につき被告国に対し、所有権移転登記手続をせよ。
(三) 訴訟費用は被告らの負担とする。
第二、被告国指定代理人及び被告増田は、次のような判決を求めた。
一、原告の請求はいずれもこれを棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
(当事者双方の主張)
第一、原告訴訟代理人は、請求原因として次のとおり述べた。
一、第一次的請求原因
(一) 別紙目録記載の土地(以下本件土地という)は、原告の所有であつたところ、被告国は原告に対し、自作農創設特別措置法(以下自創法という。)第一条に定める目的で、同法第三条の規定に基づき右土地の買収処分(以下本件買収処分という)をなし、さらに被告増田に対し、同法第一六条の規定に基づいて右土地の売渡処分(以下本件売渡処分という)をなし、請求の趣旨記載のとおり各所有権取得登記手続を了した。ところが被告増田は、本件土地につき訴外石井三郎との間で埼玉県知事の許可を条件として宅地転用を目的とする売買契約を締結したうえ、同知事に対し農地法第五条に基づく宅地転用を目的とする所有権移転の許可申請をなし、昭和三五年二月一六日該許可を得て同訴外人にその占有を移転し、同訴外人は本件土地の引渡しを受けた後これを宅地に変更した。
(二) 自創法第三条に基づく農地買収処分、同法第一六条に基づく農地売渡処分は、いずれも、買収ないし売渡しにかかる農地を同法第一六条に規定する自作農の創設及び土地の農業上の利用増進の目的に供しないことが確定したときは法律上当然効力を失うものと解すべきである。
(イ) アメリカの独立宣言、フランスの人権宣言、国際連合憲章等を通じて一貫して発展育成されてきた民主主義の思想を承継して制定されたわが憲法は、国民の基本的人権に関しては、個人と国とを平等な立場に置き、憲法第一二条、第一三条の規定する公共の福祉に反しない限り、国といえども個人の基本的人権を制約することができない。たとえ制約し得る場合であつても、それは必要やむを得ない場合に限り、かつ最少限度にとどめなければならないという建前をとつている。特に、国民の財産権は、憲法第二九条第一項が侵すことのできない権利として保障するところであり、国民の基本的人権のうち生命権につぐ重要なものであるが、これを公共のために用いることができる場合においても、公共の福祉のためやむ得ない場合で、しかも最少限度でなければならないことはいうまでもない。
(ロ) 自創法第三条に基づく買収処分は、国が農地所有者の意思如何にかかわらず強制的に農地を買収するものであるが、それは同法第一条に定める自作農の創設及び土地の農業上の利用増進という公共的目的達成のためにのみ、しかもその目的を明示してなされ、それ故に憲法第一二条、第一三条にも違反しないものとされる。自創法第一六条に基づく農地売渡処分もやはり右同様の目的達成のためのみ行われ、被売渡人は当該農地を農業上の利用増進の目的に使用することを条件として売渡しを受ける。
したがつて買収、売渡しにかかる農地が自作農創設及び農業上の利用増進という目的に供されないことが確定した場合においては農地の強制買収を正当づけていた公共の福祉の実現という目的はすでに消滅し、被売渡人への売渡しの本来の目的も失われるのであるから、その場合においては、被売渡人は国へ、国は農地の旧所有者へと当該農地を順次返還しなければならないことは論理上当然のことである。このことは国又は被売渡人が買収、売渡しにかかる農地を県営ないし市町村営住宅あるいは公立学校の敷地等の公用もしくは公共の用に供する場合でも異るところはない。けだし、農地の買収、売渡しは自作農の創設又は土地の農業上の利用増進以外の公共もしくは公共の用に供することを予定してはいないし、しかもそれは右のような目的を明示してなされる以上、その目的以外のことに使用することは許されないのであるから、買収、売渡しにかかる土地をそのような目的に使用する場合には、土地収用法で収用するなど別個の手続によるべきである。
(ハ) 自創法第二八条第一項は、同法第一六条の規定による売渡しを受けた者が耕作をやめたときは、政府はこれを買い取らなければならないと規定しているが、被売渡人が耕作をやめる原因としては、(1) 主観的事情の変更、すなわち農地として耕作が可能であるのに耕作をやめる場合、(2) 客観的事情の変更、すなわち都市の膨張等のために農地として収獲が少く耕作に堪えられなくなつた場合、(3) 土地の使用目的を変更した場合等が考えられる。しかしいずれの場合においても政府は必ず買収の申入をしなければならないのである。このことは農地売渡処分は被売渡人において農業に精進するという条件のもとにのみなされることを示している。しかして、売渡しの対象となつた農地につき事情が変更した場合には、国はかように買収の権利を取得するのに、当該農地の旧所有者はその返還を受けることができないとすれば、甚だ公平を欠くものといわなければならないので、かかる場合には旧所有者もまた国から当該土地の返還を受ける権利があるものと解するのが相当である。
(ニ) また、農地法第一五条は、自創法第一六条の規定に基づいて売り渡された農地又は採草放牧地をその所有者及び世帯員以外の者が耕作又は養蓄の事業に供したときは、原則として国がこれを買収する旨を規定しており、たとえ当該農地が農耕に便用される場合でも、なおかつ、耕作者が変れば国が買収しなければならないものとしている。これは要するに被売渡人は無条件で農地の売渡しを受けるものではなく、もつぱら被売渡人において、当該農地を農地として使用することを絶対の条件として売渡しを受けるものであることを示している。
(ホ) 土地収用法第一〇六条は、収用された土地が収用の時期から一五年以内に事業の廃止変更その他の理由で不要となつたときは、当該土地が不要となつた時から五年又は収用の時期から一五年のいずれか遅い時期まで、旧所有者による買受けの申込みがあつたときはこれの売渡しをしなければならないと規定している。これは、公共的目的のために土地を収用する行政処分は、右土地を収用目的に従つて使用しないことが確定した場合には、法律上当然にその効力を失うものであることを前提とし、ただ効力を失う時期が不確定であるために、旧所有者の買受権の行使を一定期間内に制限したものである。土地収用法は旧憲法施行当時に制定された法律であり、自創法もやはり同様であるが、少くとも右法律に基づく買収処分、売渡処分が大巾に国民の基本的人権を保障する新憲法のもとになされたものである以上、右処分を律する自創法の規定も新憲法の精神に則つて解釈すべく、自創法においても、少くとも土地収用法におけると同程度において、旧所有者の利益を尊重する建前をとつているものと解するのが当然である。
(三) 本件土地は前述のとおり自創法第三条の規定に基づいて原告より買収され、同法第一六条の規定に基づいて被告増田に売り渡されたものであるところ、同被告はこれを訴外石井に売却し、石井がこれを宅地に変更したものであるから、すでに本件土地の買収、及び売渡しの本来の目的である自作農創設、土地の農業上の利用増進という目的に供しないことは確定したものというべく、従つて本件買収処分、売渡処分は、いずれも法律上当然効力を失い、本件土地の所有権は原告に復帰した。
よつて原告は本件土地の所有権に基づき、被告らに対し第一次的請求の趣旨記載の各所有権取得登記の抹消登記手続を求める。
二、第二次的請求原因
仮に、本件土地を、前述のように、自作農創設、土地の農業上の利用増進の目的に供しないことが確定したのみでは本件買収処分、売渡処分の効力は左右されないとしても、そもそも、国家権力による財産権の強制的な剥奪は、公共の福祉のためやむを得ない場合に、しかも最少限度に限らなければならないことは前述のとおりであるから、農地の買収処分、売渡処分が自創法にいう自作農創設、土地の農業上の利用増進の目的達成のためにのみ行われるものである以上、右目的に供しないことが確定した場合には、農地の旧所有者に当該農地の所有権を回復せしめる途を与えるのは当然である。
(一) 農地法第一五条は、自創法第一六条の規定に基づいて売り渡された農地又は採草放牧地を所有者及びその世帯員以外の者が耕作又は養畜の事業に供したときは、原則として国がこれを買収する旨を規定しており、たとえ当該農地が農耕の業に使用される場合でも、なおかつ耕作者が変れば国が買収しなければならないとしている。いわんや本件におけるごとく売渡農地の使用目的を変更し、宅地として被売渡人以外の者が使用している場合には、右規定を類推又は準用して国が買収すべきは当然である。本件土地は、前述のとおり、被告増田より訴外石井に売り渡され農地法第五条に基づき埼玉県知事の許可を得て、形式上同訴外人に所有権が移転したことになつているが、右農地法第一五条、第三条第二項第二号の規定の趣旨からいつても、自創法第一六条によつて売り渡された農地を、被売渡人が、本来の目的である耕作の用に供しないで宅地に変更し、他に所有権を移転することは許されないものというべきで、この様な場合、知事には、農地法第五条に基づき所有権移転につき許可を与える権限はないものと解すべきであるから、前記埼玉県知事の許可は、この点において重大且つ明白なかしがあり、無効というべきである。従つて、本件土地の所有権は、依然として被告増田にあるから、被告国は、農地法第一五条により被告増田より本件土地を買収すべきである。
(二) そして、被告国が農地法第一五条により被告増田より本件土地を買収した場合には、同法第七八条により農林大臣が管理することになるが、被告国は、さらにこれを原告に売り払う義務がある。
農地法第八〇条第一項は、「農林大臣は第七八条第一項の規定により管理する土地等について、政令で定めるところにより、自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認めたときは、省令で定めるところにより、これを売り払い、又はその所管換若しくは所属替をすることができる。」と規定し、さらに第二項において、「前項の規定により売り払い、又は所管換若しくは所属替をすることができる土地等が、同法第九条、第一四条、第四四条の規定により買収したものであるときは(自創法第三条等の規定による買収農地等で同法第四六条第一項の規定により農林大臣が管理しているものも、農地法施行法第五条の規定により、農地法第八〇条等の規定の適用については、国が同法第九条等により買収したものとみなされている。)、農林大臣は、政令で定める場合を除き、当該農地を旧所有者に売り払わなければならない。」と規定しているが、右は、買収にかかる農地等が同条所定の要件を具備するに至つたときは、原則としてこれを旧所有者に売り払うことを農林大臣に義務づけしたもの、換言すれば旧所有者に対してかかる売払いを要求し得る権利を与えたものと解するのが相当である。
もつとも、同条第二項の売払いは、同条第一項の農林大臣の認定を前提とするが、右認定については、農地法及び同施行令全体の規定の趣旨からいつても、農林大臣の自由裁量を認めたものとは解しがたく、農林大臣は、一定の場合において、「買収農地等を自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当」と認めなければならない拘束をうけ、右認定に基づいてこれを旧所有者に売り払うべき義務を負うものといわなければならない。
そして、同条によると、右認定及び売払いは国の機関である農林大臣がすることになつているが、行政機関が行政機関としての資格において第三者との関係で義務を負担することはあり得ないから、前記売払義務は結局国に帰属する。本件土地は前述のとおり、すでに地目を変更して宅地化していることが明らかであり、原告は、本訴において、右土地の売払いを求めているものであるから、被告国は、同条第一項により、本件土地が自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認定し、同条第二項により、旧所有者である原告に売り払う義務があるものといわなければならない。以上のとおり、被告国は、本件土地を、農地法第八〇条第二項により原告に売り払う義務を有し、その義務の履行として同法第一五条により本件土地を買収し、同法第七八条によりこれを管理し、同法第八〇条第一項の認定をしたうえ、原告にこれを売り払い且つ、所有権移転登記手続をする義務があり、被告増田は、同法第一五条により本件土地が買収されたときは、被告国に対し、所有権移転登記をする義務があるから、被告国に対し、第二次的請求の趣旨(一)及び(二)イ項記載の各行為を求め、被告増田に対しては、被告国に代位して、第二次的請求の趣旨(二)ロ記載の所有権移転登記手続を求める。
第二、被告国指定代理人および被告増田は請求原因に対する答弁及び主張として次のとおり述べた。
一、原告の第一次的請求原因記載の事実中、(一)は認めるが、その余の主張は争う。第二次的請求原因記載の主張は争う。
二、原告は、自創法の規定に基く農地の買収処分、売渡処分は、当該農地を同法第一条に規定する自作農の創設及び土地の農業上の利用増進の目的に供しないことが確定したときは法律上当然効力を失うものと解すべきであると主張するが、かく解さなければならない法律上の根拠はなにもない。したがつて、買収処分が有効である以上、国は当該農地の所有権を完全に取得し、又、売渡処分が有効である以上、被売渡人は無条件で国より農地の所有権を取得し、その後、被買収者(旧所有者)は当該農地につき何らの権利も有しないものというべきである。
(一) 自創法第二八条の規定は、農地が、いつたん、自作農として農業に精進する見込みのある者に売り渡された後になつて、その者につき農業に精進することを期待し得ない事情が発生したとき、国がこれを買い取り、原則として、改めて自作農として農業に精進する見込みのある者に売り渡すこととし(同条第三項)、当該農地を買収した趣旨を貫くために設けられた規定に過ぎない。この場合、たまたま当該農地の使用目的の変更を相当する事情が存したとしても、このときは、単に農業に精進する者に売り渡すことをしないにとどまる(同法施行規則第一一条の二)のであつて、いずれにしても、同条は、使用目的の変更により、買収処分、売渡処分が当然に失効する結果被買収者の所有権が復活するとか、あるいは国が被売渡人から買い戻した農地を被買収者に売り戻すとかすること等を定めた規定ではない。
(二) 農地法第一五条は、創設農地を国から売渡しを受けた者が自らこれを耕作することなく、第三者が無許可で耕作している場合、国としてはこれを放任することは前述の自作農創設の目的に反することとなるので、これを排除して、再びこれを自作農として農業に精進する見込みのある者に売り渡す(同条第三六条)ために国が被売渡人より買収をすることとした規定に過ぎず、これもやはり、被買収者の所有権が当然に復活したり、国が被売渡人から買い戻して被買収者に売り戻すべきものとしたりすることの根拠となるものではない。
(三) 土地収用法第一〇六条の規定は、自創法に基づく買収処分とは何ら関係がない。右規定は、同法に基づく土地収用の時期後、何らかの事情によつて当該土地を公益目的に供しなくなつた場合に、収用の時期に土地所有者であつた者又はその包括承継人に当該土地の買受権を認めたものであつて、さきになされた収用の裁決を失効せしめ、あるいはこれを解除して収用の時期の所有者又はその包括承継人に所有権を復帰せしめるものではない。換言すれば、収用の裁決は同条の買受権の行使によつても失効することはなく、収用の時期後の新たな事情に応じて収用の時期の所有者又はその包括承継人に改めて収用土地を取得する権利を認めたにすぎないから、右規定が存することをもつて、同法に基づく収用が、収用目的に従つて土地を使用しないことが確定された場合には、法律上当然に効力を失うものということはできない。原告の被告らに対する第一次的請求は、自創法の規定に基づく農地の買収、売渡処分が、当該土地を本来の目的である自作農創設、土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことが確定された場合には、法律上当然に効力を失うものであることを前提とするものであるが、右前提の誤りであること前述のとおりであるから、右請求はいずれも失当である。
三、第二次的請求原因に対する被告らの主張
(一) 買収土地の旧所有者は、買収後においては、国に対し当該土地の買収を請求する権利を有しない。すでに述べたとおり、自創法による農地の買収処分が適法且つ有効である以上、国は当該土地の所有権を完全に取得するとともに、被買収者の権利は消滅するのであるから、法律上特に明示の規定がない以上、その後の事情の変化に伴い、当該土地を自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当とする事態が発生したとしても、旧所有者である被買収者の権利が復活することはあり得ない。したがつて、県知事が買収、売渡し後の事情の変化に伴い農地法第五条の許可を与えたとしても、何ら被買収者の権利を侵害したことにはならないし、自創法、農地法の立法目的を逸脱することにもならない。このことは、農地法第五条が許可の対象となる農地を創設農地とその他の農地とに区別して規定していないことによつても明らかであるから、同条に基づき埼玉県知事がなした本件許可処分が無効であるとの原告の主張は失当である。農地法第一五条は、すでに述べたとおり、創設農地を国から売渡しを受けた者又はその包括承継人が自ら耕作することなく、第三者が知事の許可を受けず耕作する様な場合には、これを排除して再び自作農として農業に精進する見込みのある者に売り渡し自作農創設の目的を果すため、国が被売渡人より買収することにした規定であるから、すでに創設農地が農地法第五条の許可をうけて宅地に転用され、第三者に所有権が移転した場合には、右規定を準用又は類推してこれを買収することはできないものといわなければならない。
(二) 農地法第八〇条は買収農地の旧所有者に対し、その売払請求権を付与したものではない。
(イ) 農地法第七八条により農林大臣が管理する土地は、国有財産法にいわゆる普通財産たる国有財産であつて、かような国有財産の管理処分権者は一般には大蔵大臣とされている。(同法第六条)故に、国有財産法の原則からすれば、土地を自作農の創設又は土地の農業上の利用増進に供しないことが相当と認められる場合には、農林大臣が大蔵大臣に所管換をしたうえで同大臣が同法に基づいて処分すべきこととなるのであるが、当該土地が農地法第七八条によつて管理されるに至つた沿革に鑑み、特に同法第八〇条の規定を設けて農林大臣がその管理する土地を売り払い又は所管換又は所属替をすることができることにされたものである。すなわち、農地法第七八条及び同法第八〇条は自創法第四六条と同様、国有財産法第六条の例外の場合を規定したものであつて、農地法第八〇条第一項は、国の行政組織の内部関係において右国有財産法第六条の原則に対する例外を認め、特にその行政機関としての農林大臣に右土地に関する処分権限を付与した規定であり、同条第二項はかような権限の行使に当つて遵守すべき行政機関としての農林大臣の職責を規定したものである。したがつて、同条に規定する所管換、所属替又は売払いは国有財産法のそれと何ら法律上の性質を異にするものではないから、買収農地の旧所有者に対して売払請求権を付与したものと解することはできない。また一般に国の行政機関は、行政組織法上、権限、職責を有することがあつても、その資格において第三者との関係で権利を取得し、義務を負担することはあり得ず、かかる関係で法律関係の主体となり権利義務の帰属者となるのは国自身であること原告の主張するとおりであるが、農地法上の各規定を検討してみても、国と行政機関とは用語上明らかに区別して使用して居り、国が権利を取得し義務を負うべき場合に、これを明示することなく特定の行政機関をあげてその旨を表現することはないのであるから、当該規定に国と表示されているのを行政機関の意に解し、反対に特定の行政機関を表示しているのにこれを国と解すことはできないものというべきである。
そして農地法第八〇条第一項は、明らかに「農林大臣は……することができる。」と規定し、同条第二項は同様に「農林大臣は……売り払わなければならない。」と規定しているのであるから、これを「国は……することができる。」「国は……売り払わなければならない。」と読みかえて、同条が国の買収農地の旧所有者に対する売払義務を規定したものと解することは誤りである。
(ロ) 農地法第八〇条の売払手続を定めた同法施行規則第五〇条と、農地の売渡しという行政処分に関する手続を定めた同法第三七条ないし第三九条、同法施行規則第二二条の規定を対比してみると、施行規則第五〇条においては売払申込書に一定事項のほか、希望する対価、希望する所有権又は権利の移転の期日の記載を認めているにかかわらず、同規則第二二条は、これを認めず、かえつて、対価及び売渡期日については、同第三九条により行政庁において一方的にこれを決定するものとされ、売渡通知書の交付の効果も同法第四〇条により法定されている、又、同規則第五〇条では、農林大臣は申込みを相当と認めるときにのみ売払通知書を交付することとしているのに反し、農地の売渡処分については、かような裁量の余地を行政庁に対して認めていない。
すなわち、以上のことは、同法第三六条以下の農地の売渡しは、公権力の主体である国の行政庁としての都道府県知事が優越的立場に立つて売渡申込者に対し行う行政処分であるのに対し、同法第八〇条の売払いは、買収農地の処分権限を有する国の行政機関としての農林大臣が売払いの申込者と対等の立場においてする私法上の合意によつて行われるものであることを裏書するものである。同条第二項の旧所有者に対する売払いも同様に解すべきは当然であるが、ただこの場合には、国の行政機関としての農林大臣は、その職責として旧所有者に売り払わねばならない内部的拘束をうけるが、対旧所有者との関係では対等の立場に立つ契約一方の当事者として臨むものであつて、同大臣は何等売払いの義務をこれに対して負うものではない。
(ハ) 同法第八〇条第一項は「農林大臣は……政令で定めるところにより、自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認めたときは……」と規定し、又、同法施行令第一六条は、同条に掲げる四つの各号のいずれかに該当する場合にのみ農林大臣において右の認定をすることができると規定しているが、右認定は、農林大臣が国有財産管理処分権者としての立場においてなすものであつて、買収農地の旧所有者に対し公権力の行使者としての優越的な立場から行うものではない、又、認定という単なる行政機関の内部的心意作用は当然にその表示行為を伴うべきことを法律上要求されていないから、認定自体は行政処分でもなければ私法上の法律行為でもない。このことは、同法第八〇条第二項によつて買収農地を旧所有者に売り払う場合のみならず、国有農地の管理機関の変更すなわち所管換、所属替の場合又は旧所有者以外の者への売払いの場合にも認定が必要とされ、これ等の場合には通知自体が必要とされないことによつても明らかである。もつとも、同法施行令第一七条は、同法第八〇条第一項の規定による認定をした土地が同法第九条、第一四条、第四四条の規定により買収したものであるときは、原則として旧所有者に通知すべきことを定めているが、これは、行政組織法上の内部関係において、国の行政機関としての農林大臣の職責を定めたもので、買収農地の旧所有者等の第三者との関係で通知をなすべきことを義務づけたものではない。したがつて国もまた買収農地の旧所有者に対して農地法第八〇条第一項の認定をなすべき義務を負うものではない。
以上いずれの点からみても、原告の第二次的請求は理由がないから失当として棄却されるべきである。
(証拠関係)
原告訴訟代理人は、立証として甲第一、二号証を提出し、被告国指定代理人及び被告増田は、甲第一、二号証の成立はいずれもこれを認めると述べた。
理由
別紙目録記載の土地が、もと原告の所有に属していたところ、自創法第三条に基づき買収されたうえ、同法第一六条によつて被告増田に売り渡され、原告主張のとおり買収及び売渡しを原因とする各所有権取得の登記手続がなされたこと、その後被告増田は、右土地を知事の許可を条件として宅地転用の目的で訴外石井三郎に売却し、昭和三五年二月一六日、埼玉県知事より農地法第五条に基づく宅地転用を目的とする所有権移転の許可を得て、同訴外人にこれを引渡し、同人においてこれを宅地に変更したことは当事者間に争いがない。
一、原告の第一次的請求について、
本件農地の買収及び売渡処分が、自創法に基づき、自作農の創設又は土地の農業上の利用増進という公共の目的の達成のためになされたものであることは原告主張のとおりである。しかしながら自創法による農地の買収及び売渡処分があつた後、その土地が農地としての適性を失い、自作農の創設又は土地の農業上の利用増進の目的に供しないことが確定された場合には、前になされた買収及び売渡処分が法律上当然に失効し、土地の所有権が旧所有者に復帰するものと解することはできない。なんとなれば、右の場合には買収及び売渡しがなされた当時は、右土地は前記公共の目的達成のため必要であつたが、その後農地としての適性を喪失するとともに不用になつたというにすぎず、買収及び売渡処分にはなんらのかしもないのであるから、このようにいつたん適法かつ有効に行われた買収及び売渡処分が、その後事情が変化したからといつて、当然に失効する理由はなく、このような事情の変化によつて、買収、売渡処分がその効力を失い、旧所有者がその所有権を回復するものとするかどうかは立法政策の問題であつてこのようなことを認める法律の規定がない以上は、これを積極に解すべきものとする根拠はないからである。
原告は、自創法第二八条第一項、農地法第一五条第一項及び土地収用法第一〇六条の各規定の趣旨からいつても、前記のような事情の変化が生じた場合には、買収及び売渡処分は当然その効力を失うものと解すべきであると主張するが、右自創法第二八条第一項及び農地法第一五条第一項の規定は、いずれも、買収農地の売渡しを受けた者が、自作をやめ、あるいは売渡しを受けた者及びその世帯員以外の者が耕作しているような場合には、国がこれを買い取り又は買収すべき旨を定めているにすぎず、しかも自創法第二八条第三項及び農地法第三六条によれば自創法第二八条第一項又は農地法第一五条第一項の規定により買い取られ又は買収された農地は、さらに自作農として農業に精進する見込みのある者に売り渡されるのが原則となつているのであるから、これらの規定は、むしろ農地買収制度の趣旨をよりいつそう徹底させるために設けられた規定であつて、原告主張のような土地の旧所有者保護の趣旨の規定ではないものというべきである。又、土地収用法第一〇六条は、その土地がなんらかの理由で不用となつた場合に一定の期間内に旧所有者が、これを買い戻し得る権利を認めた規定ではあるが、この場合の買戻権といえども、法律の規定をまたず当然に発生するものではなく、土地の旧所有者に対しかかる権利を認めた前記のような規定によつて、はじめて認められたものというべきであり、右規定の趣旨が、原告主張のごとく、収用後に土地が不用となつた場合に、すでになされた土地の収用の効果が当然失なわれることを前提として、ただその時期を明確にする必要から旧所有者の買戻権の行使を一定期間内に制限したものであるとは解することができない。したがつて原告の右主張は採用しがたい。
してみれば、本件農地の買収、売渡し後、その土地が農地としての適性を失い、自作農創設等の目的に供されない事態が生じたことにより、買収及び売渡処分が当然効力を失い、土地所有権が、旧所有者である原告に復帰したことを前提とする原告の被告らに対する第一次的請求は、失当であることが明らかであるから、いずれも棄却を免がれない。
二、原告の第二次的請求について
原告は、まず(一)被告国に対し、農地法第一五条に基づき本件土地を被告増田より買収すべき旨の判決を求めているが、同条に基づく農地買収が、同法第三条に基づく農地買収と同様、土地所有者の意思いかんにかかわりなく、行政庁の一方的な意思により強制的になされる行政処分であることは、右第一五条の買収を定めた各規定の趣旨からみて明白である。そこで、行政庁が特定の行政処分をなす前に、個人が国又は行政庁に対しこのような処分をなすべきことを命ずる判決を求めることができるかどうかについて考えてみるに、行政事件訴訟特例法第一条は、行政事件訴訟について、単に「行政庁の違法な処分の取消又は変更に係る訴訟、その他公法上の権利関係に関する訴訟」と規定しているにとどまり、いわゆる取消訴訟のほかに、いかなる訴訟形態が認められるかは規定上明確でない。しかしながら同法が、いわゆる抗告訴訟の形態として、取消訴訟を規定した背後には、行政権の行使、不行使をめぐり、行政庁と私人間に争いがある場合においては、私人間の法律関係に関する争いにおけるごとく、一方の当事者の出訴に基づき、直ちに司法裁判所がこれに介入し、法律関係を確定することを避け、行政処分をなすべきか否かは、まず第一次的に、その処分権限を有する行政庁に判断させ、一定の行政処分がなされた場合にはじめて、司法裁判所は、右行政処分に違法があるか否かを審査し、違法であればこれを取消してその効力を否定することができるものとし、司法裁判所の行政権の行使に対する介入をその限度にとどめるのが行政権の円滑な運営に資するゆえんであり、又、三権分立の原則から生ずる行政権の独自性の要請をみたしつつ、他面これにより権利を侵害された者の司法的救済の目的をも達するゆえんであるとの考慮がひそんでいるものと推察されるいわゆる取消訴訟を認めた法の趣旨が、右のような考慮に出でたものとするならば、一般に行政庁が特定の行政処分をなす前に、個人が、国又は行政庁に対し、かかる行政処分をなすべきことを命ずる裁判を求めることは、行政庁の事前関与を要せず、かつ、これを待つことができない等の特別の事情がある場合のほかは、原則として許されないのが法の建前であると解すべきであるから、かかる事情のあることの認められない本件において、被告国に対し、右のような農地の買収処分という行政処分をなすべきことを命ずる裁判を求める原告の右(一)の請求は、すでにこの点において不適法なものといわなければならない。
なお原告は、(二)、右(一)の請求が認容されることを前提として、被告国に対し、本件土地の売払い及び所有権移転登記手続をなすべきことを、又、被告増田に対し、右土地につき被告国に所有権移転登記手続をなすべきことを、それぞれ請求しているが、前述のとおり右(一)の請求が不適法である以上、この請求が認容されることを前提とする(二)の請求もまた不適法として許されないものと解すべきであるから、原告の被告らに対する第二次的請求は、いずれも不適法な訴として却下すべきものである。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 位野木益雄 田島重徳 桜林三郎)